平成28年6月10日(金)、PTC日本委員会の主催によるフォーラム「日本PTCフォーラム2016」が、主婦会館プラザエフ(東京都千代田区)で開催された。今回のテーマは「スマートライフ」。近年、生活スタイルが変化する中で、一層、安心・安全・快適に生活が送れることを求められている。本フォーラムでは、農業・医療・車・他などの分野での取り組みを紹介し、新しい社会づくりを理解することを目指した。
まず冒頭では、鍋倉眞一氏(PTC日本委員会委員長)による主催者挨拶が行われた。
・アナログプロセスのデジタル化
続いて、森川博之教授(東京大学先端科学技術研究センター、IoT推進フォーラム技術戦略検討部会長)による基調講演が行われた。テーマは「デジタルの脅威」である。
森川 IoTという言葉は去年ブレイクし、いろんな業種の方がIoTに強い関心を持つようになっています。IoTというのは、15年ほど前に流行ったユビキタスと本質的には同じです。ただ、まだまだ技術がこなれていなかった15年前に比べて、かなり技術がこなれて来た結果、今回ようやくIoTという形でブレイクしたと言えます。
IoTの本質は、アナログプロセスのデジタル化にあります。そうすることで、生産性を高め、価値を作っていくというわけです。
一例として、スペイン・バルセロナのお笑い劇場を紹介します。この劇場では「Pay-Per-Laugh」と呼ばれるシステムを導入し、観客が1回笑うごとに課金をしています。座席の背面にタブレットを設置して、タブレットのカメラで笑顔認識をすることで、笑っ た回数をリアルタイムに計ることができます。
この事例で考えさせられるのは、仮に私がこの劇場の支配人だったとして、若いスタッフから「Pay-Per-Laugh」を導入したいと提案が上がってきた場合、はたして私はOKを出すのだろうか、ということです。普通の支配人なら、笑うごとに課金をしてしまうと、お客さんが笑わなくなってしまうのではないかと、まずリスクについて考えてしまうものです。
しかし、バルセロナの支配人はためらわずに実行したことで、成功に結びつきました。IoTというのは、初めはリスクがありそうなケースが多いのですが、この事例からもわかるように、それでも飛び込んでやっていくことが重要なのかなと感じています。
この他にも今現在、いろんな産業セグメントでアナログプロセスのデジタル化が進んでいます。
欧州のプロサッカーリーグでは、練習場に選手の位置を把握するシステムを導入しています。選手の移動履歴や移動速度などがリアルタイムでデータとして把握することができます。今までは選手に対してフィードバックをする時、コーチは経験と勘で分析していたわけですが、新しいシステムではデータに基づいたフィードバックが可能になっています。
他にも、防災、医療、風力発電、物流、ゴミ収集などの分野にもデジタル化は浸透しています。
そんな中で注目すべきものが、自転車のスマートペダルです。フランスのスタートアップが開発したもので、自転車のペダルにSIMカードと加速度センサー、発電素子が埋め込まれています。これにより、走行履歴を把握したり、消費カロリーを記録することが可能となっています。自転車が勝手に動けばスマホに通知するというような盗難対策もできます。
このスマートペダルで特筆すべきなのは、製品価格220ドルの中に通信料金がすべて含まれているということです。この価格感から考えると、今後は1万円から2万円くらいのものに、SIMカードが搭載されることが当たり前になる可能性は十分に高いと言えるでしょう。1万円から2万円くらいの価格帯には無数の製品が存在しますから、それらにすべてSIMカードが入った世界が訪れるかもしれません。
・IoTによる生産性向上と価値創出
森川 このようにIoTによってアナログプロセスのデジタル化が進んでいるわけですが、実は50年前にもIoTに匹敵するイノベーションが起きていました。それがPLC(Programmable Logic Controller)です。PLCは小型のマイコンであり、このPLCによって主に工場での自動化が進みました。
ただ、一般の方々はPLCの存在をほとんど知りません。それでも、PLCが世の中に与えた影響は非常に大きなものがありました。今でもすべての工場ではPLCが必ず使われています。PLCなくして工場の生産性向上は不可能であったと言えます。
IoTも同じような雰囲気を持っています。すなわち、いろいろなところでIoTが使われ、アナログだったものがデジタルになっていく。そうした変化がさまざまなところで起きていくのですが、一般の方々はあまり意識していません。
今から10年後、20年後、30年後には、「昔はこんなことまでアナログでやっていたのか」と感じるようになっていることでしょう。世間には知られないまま、IoTによって地道にいろんなところが変わっていくはずです。
IoTの最終的な目標は、アナログプロセスのデジタル化によって生産性向上と価値創出を実現することですが、日本のような国では特に大きな意味を持ちます。というのも、わが国はまだまだ生産性が低いからです。特に非製造業では、日本はアメリカの半分の生産性しかありません。IoTは、非製造業の生産性を高める起爆剤になり得ると思います。
既に成果を上げている例もあります。埼玉県の赤字だったバス会社が、IoT的な発想で黒字化を遂げているのです。このバス会社では、バスの位置情報とバス停ごとの乗降客数をカウントし、最適なバス停の配置を導き出していきました。そうしてバス停を再配置し、スケジュールを再設計した結果、黒字化したとともに、顧客満足度も向上しています。
・さまざまな再定義が必要となる
森川 さらに今後のIoTについて考えていく場合、いくつかの視点が必要になってくると思います。
まずは、「資産のデジタル化と再定義」ということです。IoTを抽象的な言葉で言い表すと「物理的資産のデジタル化」ということになるかと思いますが、こうしたデジタル化が進むと、さまざまな再定義が必要となってきます。
もちろん、物理的資産のデジタル化は今に始まったことではありません。20世紀後半には、航空機や鉄道の座席予約システムが登場しましたが、これも座席という物理的資産をデジタル化したものでした。
たとえばアメリカン航空は、1960年に「SABRE」という座席予約システムを構築しました。このシステムは現在でも使われていますが、実は2000年にアメリカン航空はSABREを分離しています。その理由は、SABREの時価総額がアメリカン航空のそれを上回ってしまったからです。
始まりは、それまでアナログだった座席という資産をデジタル化しただけでした。ところが、そのデジタルアセットは価値を膨らませ、ついには本体企業の時価総額を超えてしまったのです。この事実は、今後のIoTを考える上でも、多くの示唆を与えてくれる気がします。
昨今注目されているシェアリングエコノミーも、まさに物理的資産のデジタル化です。Uberは車をデジタル化したわけですし、Airbnbは空き部屋をデジタル化しています。
デジタル化と再定義の必要性は物理的資産に限りません。最近は製造業もハードを作って稼ぐのは難しくなっており、サービス化が至るところで進行しています。それも、一種のデジタル化が与えた影響です。
今まではハードを作る会社は一方向で製品企画から販売までを行っていました。しかし、これからはモノにセンサーが付きますので、そこからのフィードバックが得られます。それまでの一方向のビジネスを双方向に変えていかなければならなくなっているのです。それは同時に、一種のサービス化ということになっていくと言えます。
「デザイン思考」も必要になってきます。研究者や技術者に求められる能力もデジタル化の進展によって変わりつつあり、新たな思考が要求されていると思います。
従来は、あらかじめやるべきメニューやテーマが決まっており、そこから自分のやりたいものを選んで、「考える」「試す」という過程を繰り返していれば、確実にビジネスにつながっていきました。ところが、最近は確実にビジネスにつながるようなメニューを見つけること自体が難しくなっています。
すなわち、何をやるかというメニューから作らなければならなくなっているのです。研究者や技術者は「気づく」という過程を通してメニューを作り、それに基づいて「考える」「試す」という過程に入る。その結果、生み出された成果物を世に問う際にも、ストーリーを作って「伝える」という過程を経なければなりません。ただ単に製品を作って世に出すだけでは、成熟社会の消費者には受容されにくくなっています。
きちんとストーリーを作ることで、テクノロジーというものの価値も上がっていきます。やはり一方向ではダメで、双方向を前提とした思考が求められていると言えます。まさに従来のやり方、従来必要とされた能力を再定義するべき時代に入っているのです。
・課題解決としてのスマートライフ
基調講演に続いて、パネル・ディスカッションが行われた。ディスカッションに先立ち、モデレータの木村靖夫氏(株式会社野村総合研究所、未来創発センター、戦略企画室長、主席コンサルタント)、および各パネリストによるプレゼンテーションを実施。順に、金光英之氏(富士通株式会社環境本部長)、福島正夫氏(株式会社日産自動車ジェネラルマネージャー)、川邉剛氏(日本電池再生株式会社社長)、中谷貴子氏(NECソリューションイノベータ株式会社イノベーション戦略本部農林水産事業推進室、マネージャー)、木村氏が登壇した。また、各プレゼンテーションには、他のパネリストからのコメントも添えられた。
金光氏は「イノベーションがもたらす豊かな未来」をテーマにプレゼンテーションを行った。
金光 世界はさまざまな問題を抱えています。2030年の世界人口は83億人に達するとされており、エネルギーや水、食糧などの不足が懸念されています。持続可能な資源の利用に向けて、暮らしや働き方の変革が急務です。また、気候変動もさまざまな影響を及ぼすと考えられています。
弊社では「ヒューマンセントリックイノベーション」をキーワードに、幅広いIT技術を活かして防災や食・農、医療などの社会課題の解決に貢献しています。当社は、JAXA、NASA様がリードした全球降水観測システム構築のプロジェクトに参加し、気象データ処理の分野で貢献しました。 これによりリアルタイムに24時間365日の地球全体の降水マップを作成することが可能となり、天気予報の精度向上や変化する地球環境への適応、水害への対応などをサポートすることができます。
農業においては、静岡県磐田市のスマートアグリカルチャー事業に参画しています。東京ドーム2個分の大規模グリーンハウスをICTでコントロールし、生産性をアップさせるものです。また、次世代へのノウハウ継承にも資するものとなっています。
医療においては、東京大学との共同研究で、スパコンによる効率的な創薬に取り組み、開発期間の短縮を進めています。スマートライフとは、みんなが明るい未来をデザインし、ひとりひとりが人生を歩んで行ける社会であり、そのためのビジネスが必要と考えています。
川邉 御社はいろいろな分野でIoTを使ったスマートライフの構築を進めているとのことでしたが、スマートライフを構築する上で何に一番気をつけていますか。
金光 やはり豊かなライフをみなさんとともに共創して作っていくのが一番大事だと考えています。また、技術だけではなく、社会の価値観の共有とそれに合った世の中のデザインが大事ですから、その点で弊社も貢献できていければと思っています。
・自動運転が実現できる社会
福島氏は「高度化したモビリティーの提供・高度運転支援と自動運転」をテーマにプレゼンテーションを行った。
福島 機械が自動運転することの意義は、安全・安心・便利・快適をもたらすということです。機械の知覚、認知、判断、操作の能力は、人間よりもはるかに高いからです。
ただし現状では、機械がどこまで運転するかという自動化レベルの定義も国際的には確定していません。最近では米国SAEの定義が有力ですが、その定義ではレベル0が「手動」、レベル1が「補助」、レベル2が「部分的な自動化」、レベル3が「条件付き自動化」、レベル4が「高度な自動化」、レベル5が「完全自動化」となっています。
自動運転が実現できる社会とは、まず、交通事故、渋滞のない社会です。次に、トラックドライバーなどの過重な労働が解消される社会です。また、過疎地でのお年寄りの移動手段の提供など、人々の移動の自由が確保されている社会も、自動運転によって実現可能となるでしょう。
中谷 わが家にいる女子高生は、「将来免許を取らない。自動運転になるから免許は要らない」と言っています。最短で何年後に免許が不要の状況、すなわち「レベル5」の自動運転が可能になるのでしょうか。
福島 最短でも30年後とか、そういう世界だと思います。ですからお嬢さんがおそらく50歳くらいになる頃です(笑)。
中谷 伝えておきます(笑)。
・鉛電池長寿命化・再生技術の意義
川邉氏は「エシカルチョイスと鉛電池の再生」をテーマにプレゼンテーションを行った。
川邉 弊社では鉛電池長寿命化技術を提供しています。鉛電池は1859年に世界で初めて開発された2次電池ですが、現在でも2次電池市場の7割を占める重要な電池です。弊社の技術では、活性化剤を使用することで長寿命化・再生を実現しています。
この鉛電池長寿命化技術により、弊社は「廃鉛電池ゼロ」を目標としています。安心・安全・快適な社会づくり、すなわちスマートライフに向けて、鉛電池長寿命化技術で貢献していくことが、弊社の役割と考えています。
ICT分野についていえば、鉛電池はIoTの独立電源としても活用できます。鉛電池の長寿命化・再生により、IoTの電源コストを下げるだけでなく、途上国におけるICT電源としての将来性も高いと見ています。
金光 発展途上国の問題解決のためにも、まず電気の問題がクリアされなくてはなりません。御社の技術は、発展途上国の生活を改善し、スマートライフの構築に非常に役に立つと痛感しました。海外、とりわけ発展途上国での活動事例があれば教えてください。
川邉 たとえばタイの某ゴルフ場では、500台のカートを所有し、2000個以上のバッテリーを使っているのですが、使用できなくなった鉛電池を弊社の技術で再利用しています。また、ネパールでも、バッテリー再生センターの設立に協力したりしています。
・100年先まで続く水産養殖を実現
中谷氏は「水産業分野におけるICTの可能性」をテーマにプレゼンテーションを行った。
中谷 日本では魚を食べる人が減っていますが、世界の魚介類供給量は年々増加しています。そんな中、伸びているのが養殖業です。世界的に見て漁業の生産量は近年横ばいですが、増大するニーズに対応するため、養殖業は大きく伸びています。2013年には養殖業生産量が漁業生産量を上回りました。
一方、日本の水産業は、不安定な収入や厳しい就労環境などの問題を考えています。水産業は産業界において広い裾野を持っており、全体として大きな雇用と所得を生み出す重要な産業です。現状の課題解決を進めることで、日本の水産業を盛り上げていく必要があります。弊社としても、ICTによる水産業界の課題解決支援にさまざまな形で貢献しています。
未来の水産業は、ICTでつながることにより、安心・安全・快適なものになっていくはずです。生産者が安心・安全に就労できることも重要で、そうした環境こそが、食の安心・安全、さらには子供たちの未来にもつながっていきます。水産業界をICTで革新していくことで、100年先まで続く水産養殖を発展させ、スマートライフを実現していくことができると思います。
福島 漁業でICTが活用されているイメージはあまりないのですが、どういうふうに普及を図っていくお考えなのでしょうか。
中谷 弊社でこのプロジェクトを始めたのは5年前ですが、当時は漁師のみなさんはガラケーでした。ところが、去年あたりからみなさんがスマホを使うようになり、以前は手書きだった伝票も、パソコンで処理されるようになってきました。漁業におけるICTのハードルは徐々に下がってきている気がします。
・スマートライフは日本の好機か
木村氏は「AI、IOTが変える暮らしと社会」をテーマにプレゼンテーションを行った。
木村 日本の人口減・労働力人口は不可避と言われています。2030年までには、労働力人口が872万人減るという試算もあります。そこで、AIやロボットによって代替することが期待されているのですが、どこまで現実的なのでしょうか。
英オックスフォード大学と弊社は共同研究を行い、日本の601職種についてコンピュータで代替される確率を試算しました。その結果、2030年の時点で、日本では半数近くの労働者が人工知能で代替できることがわかりました。具体的には、会計事務従事者、総合事務員などの事務職・ホワイトカラー業務も、コンピュータによる代替が可能となります。また、公認会計士や弁理士、司法書士といった、複雑で高度とされる業務であっても、コンピュータ化が可能になると考えられます。
スマートライフを実現するためにも、AIやIoT、ロボットの活用は欠かせません。働き手不足を背景に、AI・ロボットに代表される先進技術導入の社会的必要性も高くなっています。
一方で、AI・ロボットを受け入れる素地について見てみると、日本は他国と比べて遜色なく、むしろ積極的と言える状況です。積極的に社会導入を進めることで、日本はスマートライフ先進国、課題解決先進国になれる可能性を秘めています。スマートライフは、日本の競争力復活のチャンスだと言えるのではないでしょうか。
・日本の競争力はどう磨くべきか
プレゼンテーション後、引き続きフリーディスカッションが行われた。
木村 ここからは、スマートライフの技術開発や事業化について議論をしていきたいと思います。まず、国際競争力、技術開発力という観点から、日本はスマートライフの様々な分野でどういう位置に置かれているのか、あるいは何をしていくべきなのか。みなさんのご意見をお聞かせください。
金光 やはり将来を見据えた戦略やデザインをどう考えるかが大事だと思います。たとえばエストニアは、ソ連崩壊後に独立すると、自分たちで技術を開発して自立していくというコンセンサスを形成しました。小学生の時からソフトウエアの教育も行うなどした結果、現在では世界で名だたるIT国家になっています。
福島 教育ということで言えば、日本の大学は、学生が話を聞いていようがいまいが構わず、先生が講義を続けるというのが当たり前です。先生は論文さえ書いていれば業績になる。一方、アメリカなんかの場合には、自分が育てた学生がいくらの給料をもらう会社に就職するかが、先生の評価にもつながってきます。人を育てようという感覚が、日本の大学ではまだまだ足りないような気がします。
川邉 弊社での開発でお世話になっている先生がいつも口にしていたスローガンがあります。それは「何でもやってみよう」というものと、「教えないのが教育だ」というものです。確かに、技術開発においては、まずはやってみて、その中から得られた良い結果を活かしていく方が確率は高いと言えます。発想を変えてチャレンジするということを教えていくのも、必要な教育だと思います。
中谷 日本の競争力ということで言えば、水産業において日本独特のものが確実にあります。それはカツオやマグロの「一本釣り」です。海外で一般的な巻き網と比べると、一本釣りは鮮度や味が違います。その意味でも、味覚の繊細さというのは日本人がダントツだということは、築地の人からも聞く話です。目利きであるとか味覚であるといった、日本ならではの匠の技がIoTにつながっていけると、日本の強みが活かせるのではないでしょうか。
・変化するビジネスモデルの潮流
木村 続いて、技術開発をどのようにビジネスにつなげ、世の中に広めていくか、という観点でご意見をお聞かせください。事業化においては、技術の先進性だけでなく、ビジネスモデルの革新性も重要になってきます。いかがでしょうか。
金光 20年くらい前には釣り鐘型のビジネスモデルが成功していたと言われています。最初にイノベーターがいて、その後にフォロワーがいて、最後に低価格のものが出てくるという1つの製品ライフが、何十年もかかってゆっくりと釣り鐘型に成長していって、ピークアウトしていくというものです。1つの製品がゆっくりと時間をかけて利益を生み出すので、フォロワーでもそれなりに儲かるビジネスモデルとなっていました。その中で、日本特有の質を高めていく、極めていくという姿勢が、最終的にコスト競争力につながって、ビジネス的に成功してきました。
しかし、現在はそのビジネスモデルが大きく変わっています。イノベーターが開発したものが、インターネットを通して一瞬で世界中に広がります。その結果、釣り鐘型の社会から、だんだんフィン型に変わってきたと言われています。フィン型のビジネスモデルでは、立ち上がりは早いけれども、同時にピークアウトも早い。短期間に広がりと衰退が起きて、ごく一部の勝者以外は儲けられなくなっています。
そうした現状では、従来のようにフォロワーが生き残るのが難しいと言えます。やはりイノベーションを起こしていくことが重要で、そのためにもシリコンバレーのようなヒトや知識が集まるところをしっかりとウォッチしていくことが求められていると思います。
福島 イノベーションということで言えば、無人運転タクシーによる送迎など、さまざまなビジネスモデルが海外でも打ち上げられていますが、そもそも無人運転が実現可能なのかについては、個人的には疑問を感じています。ただし、技術的な問題ではなく、ペイするのかどうかという問題です。自動化のレベルが上がれば上がるほど、製品の安全性を確保するために膨大なコストがかかります。そう考えると、自動運転はおそらくペイしないと見ています。「自動運転はいくらでできるんですか」と聞かれたりもするのですが、現状では答えられないくらいにコストがかかります。
では、何のためにカーメーカーは自動運転の技術開発をしているのかというと、自動運転という非常に高いターゲットを設定して技術開発を行うこと自体が重要なんですね。自動ブレーキ技術も現状ではまだ未熟ですが、そうしたものについても自動化の技術を使って成熟させていくことで、社会の役に立つことができると考えています。
川邉 弊社の場合には、ビジネスモデルというよりも、この商品でどれだけ社会に貢献できるかという視点で行動するようにしています。これは格好良く言っているわけではなく、それしか考えないようにして行動しています。そうした結果、いろいろな人に恵まれて、信頼や信用も1つ1つ積み上がってきて、今やっと世の中に認められ、使ってもらえるようになってきました。夢を追い求めて技術を広めていくということだけを考えていれば、後からビジネスモデルが付いてくると信じて行動しています。
木村 技術で差別化をする、というのが御社のビジネスモデルですからね。
中谷 ビジネスモデルで重要なのは、やはり販路、売り先です。その点で、漁業権というものが水産業では1つのハードルになります。スマートライフを推し進めていくには、それなりに大規模な売り先が必要です。ただ、漁業権というものは小割りになっていて、なかなか十分な販路が作りにくいという事情があります。そうしたところを克服しながら、新しいビジネスモデルが構築できるのではないかと思います。
金光 最近のビジネスモデルについてもう1つ言うと、投資ビジネス化が進んでいるということが言えると思います。強いところがどんどんお金を集めて、少しでもいいものがあれば買収する。そうした金融的なビジネスモデルが広まってきているような気がします。日本企業は連携してそうした動きにも対抗していくべきです。
木村 主に米国企業がそうした金融的なビジネスモデルを進めていると思いますが、どうして米国企業は投資ビジネスに強いのでしょうか。お金は日本企業も持っているはずですが、あまり投資は得意ではありませんよね。
金光 かつては半導体で日本は世界を牛耳っていましたが、その時、米国は国家としてデザインを描き、金融の重要性に着目したことが大きかったと思います。金融、すなわちお金の回し方に軸足を置くことで、買収などを通して世界中の“知”を米国に集めてきました。オープンイノベーションという言葉も、世界中の“知”を集めるためのネットワークや仕組みのことであり、そのためにお金を集め、回していくことが欧米企業は日本企業に比べて非常に上手いです。さすがだと思っています。日本人にとっては苦手な分野ではありますが、それこそ教育などを通してものの考え方を変えて、個人個人が自分の立場からどうあるべきかを考えていくことが、日本引いては世界を良くしていくのかな、と思っています。
木村 本日は貴重なご意見をありがとうございました。
ディスカッション終了後は、主婦会館プラザエフ内で懇親会も開かれ、引き続き活発な意見交換が行われた。自由闊達なムードの中、フォーラムは成功裏に終わった。